作り手と楽しみ手は、見ている景色が違う。

酒・葉巻

葉巻を始めてから、私は「一番美味しい状態で吸いたい」と考えるようになりました。

届いたばかりの葉巻は、どうしても乾燥していることがあります。
ラッパー(外葉)は柔らかくなっていても、中心部までは加湿が入っていないこともありました。

同じ一本を吸うのであれば、なるべくポテンシャルを引き出した状態で楽しみたい。

そう考えるのは自然なことだと思います。

だから私は、吸いたい気持ちを抑えて待つことを選びました。

しかし、ある日ふと思ったのです。

「一番美味しい状態って、本当にあるのだろうか。」


ここから先は、葉巻だけの話ではありません。

例えば、世界最高峰の葉巻メーカーが、

「この葉巻は加湿三週間が最高の状態です。」

そう断言したとします。

私は、おそらく信じます。

カウントダウンを始めて、その日を楽しみに待つでしょう。

でも、それで終わりではありません。

本当に自分も最高だと思うのか。

そこは吸ってみなければ分からないのです。


私は料理にも似ていると思っています。

料理人は、自分が表現したい味を作り上げる技術を持っています。

一方で、食べ歩きを何百回、何千回としている人は、料理人よりも多くの料理を味わっているかもしれません。

料理を作ることはできない。

でも、美味しいかどうかは評価できる。

逆に料理人は、最高の料理を作ることはできても、世の中の料理を一番多く食べているとは限りません。

どちらが正しいのでしょうか。

私は、どちらも正しいと思います。

なぜなら、そもそも違うことをしているからです。


葉巻も同じです。

メーカーは「最高の一本」を作ろうとします。

喫煙者は「自分にとって最高の一本」を探そうとします。

同じ葉巻を見ているようで、実は見ている景色が少し違います。

だから評価が違っても不思議ではありません。


熟成もそうです。

一年。

三年。

五年。

十年。

本当に熟成によって味が変わるのか。

変わったとして、それが自分にとって本当に美味しいのか。

実際に吸ってみなければ分かりません。

そして、そこにはもう一つ。

自分で何年も管理してきたという思い入れがあります。

愛情を込めて育てた葉巻を、完全に客観的に評価できるでしょうか。

私は、できないと思っています。

でも、それでいいのです。

それもまた、葉巻の楽しみ方の一つだからです。


私は以前、「一番美味しい状態」を探していました。

でも今は少し考え方が変わりました。

メーカーにはメーカーの最高がある。

喫煙者には喫煙者の最高がある。

どちらかが正しいのではありません。

立場が違えば、見える景色も違うだけなのです。

だから私は、メーカーが「最高」と思った一本を尊重しながらも、

最後は自分自身が、

「今日、この一本を吸って良かった。」

そう思える瞬間を探していきたいと思っています。

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