東野圭吾の『秘密』は、これまで読んできた小説の中でも、なぜか今でも印象に残っている一冊だ。
ものすごく好きな作品か、と聞かれると少し違う。
ストーリーの流れは好きだったし、読んでいて面白かった。
でも、自分の中では「大好きな作品」というよりも、「読み終わったあとまで考えてしまった作品」という印象のほうが強い。
東野圭吾なのに、少しファンタジーっぽい
まず印象的だったのが、その設定だった。
自分の中で東野圭吾というと、ガリレオシリーズのような、現実にもありそうな出来事を扱うイメージが強い。
もちろん小説なのでフィクションではあるのだけれど、基本的には現実の延長線上にある世界という感じがする。
ところが『秘密』には、少し違う感覚があった。
どこかファンタジーっぽい。
とはいえ、完全に現実から離れたファンタジーでもない。
「そんなこと本当に起こるのか?」と思いながらも、どこかでは起きていてもおかしくないような、不思議なリアリティがある。
自分にとっては、「少しリアルっぽいファンタジー」だった。
この現実と非現実の間にあるような、ふんわりした感覚が、
「これからどうなるんだろう?」
というワクワク感につながっていた気がする。
もしもっと普通の設定だったら、ここまで印象には残っていなかったかもしれない。
最後に残ったのは、設定よりも人の感情だった
ただ、読み終えてから一番残ったものは、不思議な設定そのものではなかった。
人物の感情だった。
「あのとき、この人はどう思っていたんだろう?」
「どういう気持ちで、あの言葉を口にしたんだろう?」
「どうして、そこでそちらを選んだんだろう?」
そんなことを考えた。
読んでいる途中にも、
「なるほど」
「もしかして、こうなのかな?」
と考えることはあった。
でも、自分の場合はむしろ読み終わってからのほうが考えていた時間が長かったように思う。
ここで違う選択をしていたらどうなっただろう。
自分だったら、どちらを選んだだろう。
なぜこの人物は、こちらの道を選んだのだろう。
本編はもう終わっているのに、自分の中では勝手に別ルートの物語が始まっている。
そうやって考えさせられたこと自体が、この作品が今でも記憶に残っている理由なのかもしれない。
好きなのは答えのある作品。でも残るのは答えのない作品
自分は本来、きちんと説明してくれる物語のほうが好きだ。
最後に伏線がつながって、
「なるほど、そういうことだったのか」
と納得して終われる作品は気持ちがいい。
分からないことは、できればちゃんと教えてほしい。
ところが不思議なことに、印象深い作品となると、少し答えが残されているものが多い気がする。
全部説明されれば、その場では満足する。
でも答えがなければ、自分で考える。
「あれはどういう意味だったんだろう?」
と、読み終えたあとにも作品のことを思い出す。
好きな作品と、記憶に残る作品は、必ずしも同じではないのかもしれない。
『秘密』は、自分にとってまさにそういう小説だった。
東野圭吾の「人の情」は分かりやすい
もう一つ、自分が東野圭吾の作品を読みやすいと感じる理由がある。
それは、人の情というものが物語の核にあることが分かりやすいことだ。
自分は文学に詳しいわけでもない。
文章表現を細かく分析しながら小説を読むような人間でもない。
それでも登場人物を見ていると、
「この人はつらいだろうな」
「なぜこんなことを言ったんだろう」
と自然に感情移入できる。
難しい言葉で説明されなくても、人間の感情について考えさせられる。
そこが東野圭吾の作品の好きなところなのだと思う。
どんな人に向いている?
『秘密』はどんな人に向いているのか。
できるだけ内容に触れずに言うなら、
「愛というものを尊いと思える人」
だと思う。
そしてもう一つ。
物語を読んだときに、
「自分だったらどうするんだろう?」
と考える人。
そういう人なら、読み終わった瞬間よりも、その後になってじわじわと印象が深くなっていく作品なのではないだろうか。



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