貴志祐介『新世界より』感想|物語よりも、支配を維持する世界の仕組みが面白かった

本・アニメ

貴志祐介『新世界より』を読んだ。

かなり長い。

そして読み終わったあとに残った感想は、

「面白かった。でも、なんかなぁ……」

だった。

つまらなかったわけではない。

むしろ設定はかなり面白い。

特に、人間が「呪力」と呼ばれる力を持ったあとの社会をどう成立させるのか。

その発想にはかなり惹かれた。

ただ、物語そのものについて考えると、あまり強く残っていない。

自分にとって『新世界より』は、

物語を楽しむ小説というより、特殊な世界と社会システムを小説という形で眺める作品

だったように思う。


新世界より 上中下巻セット

呪力という設定が面白い

まず好きだったのは、呪力の設定だ。

要するに、人間が念動力のような強大な能力を持っている。

それだけなら、よくある超能力ものにも見える。

でも面白いのは、

「そんな力を人間が自由に使えたら、社会なんて成立しないだろう」

というところまで考えていることだった。

人間同士で簡単に殺し合える力がある。

だったら、能力そのものとは別に、それを使えなくする仕組みが必要になる。

ルールを破ろうとした時に身体や精神へ制約がかかる。

さらに教育や文化、慣習まで利用して、

そもそも疑問を持ちにくい人間を作る。

能力だけではなく、人間の認知そのものまで社会システムへ組み込んでいる。

そこが面白かった。

一番強い支配は「不思議だと思わせないこと」

この作品の社会は監視社会でもある。

ただ、自分が面白いと思ったのは、

監視されていると意識させないこと

だった。

「なぜこんなルールがあるのか」

「なぜあの存在は自分たちと違うのか」

「なぜこれはしてはいけないのか」

そういう疑問を最初から持たせない。

文化。

教育。

慣習。

常識。

それらを使って、

「そういうものだから」

と思わせる。

ある意味では洗脳だと思う。

人間は、異常なものを異常だと認識できなければ抵抗しない。

自分が支配されていると気付かなければ、支配者はわざわざ力で押さえつける必要もない。

だからこの社会では、

認知そのものが監視装置になっている。

ここはかなりよくできていると思った。

支配者は、自分たちの優位を守る

この構造は、現実の社会にも形を変えて存在するように思う。

もちろん『新世界より』ほど極端ではない。

でも支配する側は、自分たちの優位を維持できるように仕組みを作る。

敵を定義する。

危険な存在を排除する。

都合の悪い情報を隠す。

そして、その構造を次の世代には「普通のもの」として渡していく。

そうすると、その社会の中で生まれた人間は、

なぜそうなっているのか

を考えなくなる。

だから支配はますます強くなる。

バケネズミを下に見すぎたこと自体が弱点になる

バケネズミとの関係も面白かった。

呪力を持つ側からすれば、バケネズミは明確に自分たちより下の存在として扱われている。

そして、その認識を社会全体で共有している。

だからこそ、

「あいつらが自分たちを本気で脅かすはずがない」

という思い込みが生まれる。

自分は最初、あれほど長く続いてきた社会なら、もっと反乱への対策が蓄積されていてもよさそうだと思った。

でも逆なのかもしれない。

あまりにも支配が成功していた。

あまりにも「自分たちより下の存在だ」と思わせることに成功した。

だから対策する必要すら感じなくなった。

洗脳が成功しすぎたことで、支配者自身までその認識に縛られる。

これは面白いと思った。

知られてはいけない情報

バケネズミの正体についても同じだ。

彼らが何者なのか。

そこを社会全体に知られてしまえば、単に歴史認識が変わるだけでは済まない。

今までの支配は何だったのか。

自分たちは何をしてきたのか。

そして、

自分たちが「人間」と認識する範囲そのものが揺らいだら、呪力を制御している仕組みはどうなるのか。

そう考えると、真実を隠すことは支配者にとって都合がいいだけではない。

社会そのものを維持するためにも必要になってしまう。

だから矛盾している。

真実を隠すのは間違っている。

でも真実を明かせば、社会そのものが壊れるかもしれない。

矛盾を解決するのではなく、矛盾を隠して成立している社会。

そこが『新世界より』の面白さだった。

スクィーラは、かなり賢い

スクィーラについては、悪役というより、

「賢いな」

と思った。

正面から戦っても勝てない。

相手には圧倒的な力がある。

だったら、その力そのものではなく、

相手の社会システムの穴を使うしかない。

情報を集める。

機会を待つ。

使える条件が揃うまで動かない。

そしてチャンスが来たら利用する。

いつから反乱の機会をうかがっていたのかは分からない。

でも、

「チャンスがあれば、いつでもやる」

くらいの気持ちはかなり前から持っていたのではないかと思った。

力のない側が、知恵で圧倒的な力へ対抗する。

策士だと思う。

反乱するのも、そりゃそうだと思う

バケネズミ側が反乱すること自体については、そこまで不思議には感じなかった。

自分たちは永遠に下の存在として扱われる。

正面から戦えば勝てない。

対抗手段もほとんどない。

だったら、利用できる方法が見つかった時に使う。

そりゃそうなる。

だからこの作品を、

善い人間と悪いバケネズミの戦い

のようには見られなかった。

むしろ、

支配する側と、支配される側の戦争

に見えた。

そして正体が明らかになると、なおさらそう感じる。

表面では異種族との戦争に見える。

でも自分には、

片方を別の生き物へデフォルメした、人間同士の戦争

のように見えた。

スクィーラへの処罰も「正義」ではない

スクィーラへの最後の扱いについても、正しいか間違っているかというより、

支配を維持するためには必要な処置だった

と感じた。

彼を許す。

彼の主張を認める。

バケネズミ側にも正当性があると認める。

そんなことをすれば、支配構造そのものが揺らぐ。

だから罰する。

見せしめにする。

これは世界が正しいからではない。

支配者が支配者であり続けるために必要だから行う。

自分にはそう見えた。

ただ、人物にはあまり入り込めなかった

一方で、物語としてはかなり不満も残った。

登場人物が、

「え、もう死ぬの?」

という感じで次々にいなくなる。

世界設定はあれだけ丁寧なのに、人間の方はかなりあっさり処理される。

だから誰かに強く思い入れる前に、その人物が物語から消えてしまう。

自分には、

人間が物語を生きているというより、世界設定を動かすために人物が配置されている

ように感じることがあった。

そのせいか、最後まで

「この人には絶対生きていてほしい」

と思える人物もあまりいなかった。

「最強」があっさり死ぬ演出も引っかかった

特に引っかかったのが、最強クラスとされていた人物の扱いだった。

強い敵が登場する。

そして、それまで最強とされていた人物があっさり倒される。

物語としては、

「こいつは今までとは違う! とんでもない脅威だ!」

と示したいのだと思う。

でも自分には、それが少し薄っぺらく見えた。

最強と呼ばれるほどの人物なら、単純に能力の出力だけが高いわけではないはずだ。

そこまで生き残り、経験を積んできたなら、

知識。

警戒。

判断。

未知への対応。

そういったものも含めて強者になっているはずだと思う。

そこを無視して簡単に退場させてしまうと、

敵が強く見えるより、「脅威度を上げるために強キャラを殺した」ように見えてしまう。

ここはあまり好きではなかった。

バケネズミの正体にも、そこまで驚かなかった

バケネズミの正体が明らかになるところも、大きな衝撃はなかった。

なぜなら、

普通に話しているから。

交渉する。

策略を立てる。

社会を作る。

あれだけ高度な知性を見せているので、

「本当にただの別種族なのか?」

という疑問は自然に出てくる。

だから真相が明かされても、

「うわ、そうだったのか!」

というより、

「ああ、やっぱりそういう方向なのね」

くらいだった。

設定としては面白い。

でも、長く引っ張った秘密としては、自分にはそこまで強烈ではなかった。

面白かったのは物語ではなく「流れ」

結局、自分が一番楽しんだのは、

この世界がどうやって作られ、どう維持され、どう崩れかけたのか

という流れそのものだった。

呪力を持った人間が現れる。

社会が崩壊する。

能力を制御する仕組みを作る。

教育や文化によって認知まで管理する。

支配する側とされる側が生まれる。

長い時間をかけて、それが常識になる。

そして、その常識の中に生まれた盲点を利用して反乱が起こる。

この流れはかなり面白い。

逆に言えば、

この世界と仕組みを説明するために、ストーリーが作られた

ようにも感じた。

だから物語そのものは、正直そこまで重要ではなかった。

長かった割には「なんかなぁ」

設定は面白い。

社会構造も面白い。

認知を利用した支配も面白い。

スクィーラの策も面白い。

それなのに、読み終わると、

「うーん……なんかなぁ……」

が残る。

たぶん自分の場合、長い時間をかけて読んだわりに、人物やドラマがあまり残らなかったからだと思う。

面白い設定資料を、非常に長い小説として読んだ。

そんな感覚に近い。

まとめ

『新世界より』で一番面白かったのは、

呪力を持った人類が、どうやって社会を成立させるのか

という設定だった。

力だけでは社会は作れない。

能力を制限する。

認知を操作する。

文化や慣習に埋め込む。

敵を定義する。

知られてはいけない情報を隠す。

そうやって秩序を作る。

そして、その支配が成功しすぎたからこそ生まれる盲点まである。

ここは非常に面白かった。

一方で、人物や物語にはそこまで惹かれなかった。

登場人物はあっさり死ぬ。

強敵演出にも少し雑さを感じる。

大きな秘密にも、それほど驚かなかった。

だから自分にとっては、

物語を楽しむ小説というより、特殊な社会のシミュレーションを楽しむ小説

だった。

勧めるなら、

世界設定が好きな人。
社会制度や支配構造を考えるのが好きな人。
そして、独特な世界へ長く浸かるファンタジーが好きな人。

そういう人にはかなり合うと思う。

自分も面白かった。

ただ、やっぱり最後には少しだけ、

「長かった割には、なんかなぁ……」

が残った。


新世界より 全3冊 (講談社文庫) Kindle版

コメント

タイトルとURLをコピーしました