道尾秀介『カラスの親指』|詐欺師の物語なのに、最後に残ったのは愛と信用だった

本・アニメ

※この記事は道尾秀介『カラスの親指』の内容に触れています。

『カラスの親指』を振り返って、最初に思い出すのはテツさんだった。

とにかく、

「この人、すげぇな」

と思った記憶がある。

詐欺師としての技術もそうだが、単純に頭が良いという感じとは少し違う。

人間がどう考えて、どう行動するのか。

それを長い経験の中で熟知しているように見えた。

そして、その経験から生まれた自信があるからこそ、選ぶ手段にも迷いがなく、実行も正確なのだと思う。

自分にとってテツさんは、何よりもまず「プロ」だった。


カラスの親指(講談社文庫)[ 道尾 秀介 ]

頭がいいというより、人間を知っている

テツさんのすごさは、難しい計算ができるとか、知識が豊富だとか、そういう種類のものではないように感じた。

「この人ならこうするだろう」

「ここでこう見せれば、こう受け取るだろう」

「この状況なら、次はこう動くだろう」

そんな人間の行動に対する予測の精度が高い。

そして、その精度に自信を持っている。

おそらくそれは、本人の才能でもあるし、長い経験によって磨かれたものでもあるのだと思う。

人を騙すという仕事を続ける中で、人間そのものを徹底的に観察してきた。

だからこそ、相手を動かす方法が分かる。

それが自分には、とても「プロらしく」見えた。

人を騙すプロなのに、人を信じている

ただ、面白いのはここだった。

テツさんは詐欺師だ。

普通に考えれば、

「人間なんて信用できない」

という人にも見えそうな職業だと思う。

でも自分には、むしろ逆に見えた。

かなり人を信じている。

そもそも、

「この人ならこうするだろう」

という予測そのものが、人間に対する一種の信頼なのではないかと思う。

自分が思い描いた通りの行動を相手が取ってくれる。

そう信じられなければ、あれほど精密な計画は立てられない。

まして、主人公へあそこまで深く近づいていくこともできなかったのではないか。

相手が何をするか分からない。

最後には裏切るかもしれない。

そう思っているだけなら、最初から全部自分でやった方が安全だ。

でもテツさんは、人を使う。

そして任せる。

そこには、

「この人なら最後はこうしてくれる」

という、人間への信用があるように感じた。

騙したというより、導いた

テツさんの行動を振り返ると、自分には「騙した」という印象よりも、

相手が自分でそこへ辿り着くように導いた

という印象の方が強い。

もちろん、その途中では詐欺師としての技術が使われている。

嘘もある。

仕掛けもある。

相手の認知を操作するようなこともする。

ただ、その技術そのものが目的ではない。

何かを奪うための詐欺というより、

相手をある場所へ導くために、詐欺の技術を使っている。

そこが面白かった。

自分なら、誰かを救うときに騙さずに済む方法があるなら、そちらを選びたい。

でもテツさんには、おそらく他のやり方が思いつかなかったのかもしれない。

あるいは、

「自分が確実にできるのはこれだ」

と思っていたのかもしれない。

人を見る。

状況を作る。

相手を動かす。

それが自分にできることなら、それを使う。

プロだからこそ、自分の技術への絶対的な自信もあったのだと思う。

自分の得意なことを、人のために使う

詐欺の技術そのものは、当然ながら良いものではない。

人を騙し、何かを奪うためにも使える。

実際、登場人物たちは「悪そうに見える人」ではない。

普通に悪いこともしている。

だからといって、そこをなかったことにして、

「実はみんないい人でした」

という話でもないと思う。

ただ、人間はそれだけでは決まらない。

悪いことをする人間の中にも、愛情はある。

人を騙す人間の中にも、信用はある。

そして持っている能力も、使い方によっては誰かを救うためのものになる。

テツさんは、自分が長年磨いてきた技術を、そのとき自分が大切だと思ったもののために使った。

そこが自分には格好よく見えた。

悲しい人というより、

純粋に「すごい人だな」と思った。

結局、これも愛の物語だった

『カラスの親指』を思い出していて、結局ここに戻ってきた。

これは詐欺師の物語だけれど、

やっぱり愛の物語だったのではないか。

自分には、テツさんがしたことも結局は子どものためだったように見えた。

主人公にも事情がある。

テツさんにも事情がある。

単純に善人と悪人へ分けられる人物たちではない。

でも、その複雑な人間たちが最後に動く理由を見ていくと、そこには誰かを大切に思う気持ちがある。

そして、その愛を実現するためには信用も必要だった。

誰かを信じる。

この人ならやってくれると思う。

その人が最後に自分で選択してくれることに賭ける。

詐欺師の物語なのに、最後に残ったものが「人間は信用できない」ではなく、

「愛と信用」

だった。

そこがこの作品の好きなところなのだと思う。

悪い人間にも、愛はある

人間は単純ではない。

悪いことをしたから、その人の中にあるものが全部悪になるわけでもない。

逆に、愛情があるから悪いことが許されるわけでもない。

その二つは同時に存在できる。

『カラスの親指』の人物たちも、そんな人たちだったように思う。

詐欺師として人を騙す。

でも人間をよく見ている。

人の弱さを利用する。

でも、人を信じてもいる。

悪いことをする。

それでも誰かを愛している。

その矛盾を全部含めて人間なのだろう。

だからこの本は、詐欺の仕掛けやどんでん返しが好きな人にも向いていると思う。

人情ものが好きな人にもいい。

そして、

「悪い人間の中にも、愛や信用は存在する」

という、単純には割り切れない人間の姿が好きな人にも刺さると思う。

自分にとって『カラスの親指』は、

詐欺師のプロとしての格好よさと、人間への愛と信用が残った作品だった。


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