森見登美彦『夜は短し歩けよ乙女』感想|意味不明なのに楽しい、不思議な世界を眺める

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森見登美彦『夜は短し歩けよ乙女』を読んだ。

最初に思ったのは、

たぶん作者の頭がおかしい。

もちろん悪い意味ではない。

とにかく独特なのだ。

文章。

テンポ。

登場人物。

世界の動き方。

何から何まで癖が強い。

音楽で例えるなら、倉橋ヨエコ、岡村靖幸、矢野顕子みたいな感じだろうか。

上手いとか下手とか以前に、

「この人にしか作れないものだな」

という個性が先に来る。

『夜は短し歩けよ乙女』も、そんな作品だった。


夜は短し歩けよ乙女 (角川文庫)[ 森見 登美彦 ]

不思議というより、ちょっと意味不明

この作品の世界は、かなり不可思議だ。

現実の京都を舞台にしているはずなのに、読んでいるうちにどんどん現実感が薄れていく。

変な人が出てくる。

変な出来事が起こる。

登場人物たちはそれを妙に自然に受け入れる。

普通のファンタジーなら、その世界なりのルールがある。

魔法なら魔法。

怪物なら怪物。

読んでいけば、

「この世界ではこういうことが起きるんだな」

という法則が少しずつ分かってくる。

でもこの作品は、そういう意味でのルールがあまり掴めなかった。

現実のルールを少しずつ壊して、

「こうなると思った? 残念、なりません」

とでも言うように話が進んでいく。

だから先を予測できない。

「自分ならここでこうする」

という感覚もほとんど使えない。

その意味では、かなり異世界だった。

でも、その意味不明さが面白い

普通なら、ルールが分からない世界は疲れると思う。

でも『夜は短し歩けよ乙女』は、不思議とそうならなかった。

理由の一つは、

登場人物たちが楽しそうだから

だと思う。

乙女は楽しそうに歩き回る。

先輩は必死に頑張る。

周りの人間たちも、自分たちなりの価値観で動き続ける。

読んでいる自分だけが、

「なにこれ……?」

と思っている。

でも、本人たちはいたって楽しそうだ。

だから奇妙な世界が不気味にならない。

むしろ祭りを外から眺めているような楽しさがある。

自分はこの世界には入りたくない

ただ、自分がこの世界へ行きたいかと言われたら、

絶対に行きたくない。

たぶん面白くない。

何が起こっているのか理解できず、

「なにこれ……?」

で終わると思う。

ここが、この作品の面白いところだった。

世界へ入り込みたいわけではない。

登場人物になりたいわけでもない。

誰かに強く感情移入しているわけでもない。

むしろ、

変な世界の中で、変な人たちが楽しそうに生きている姿を外から眺める

ことが面白かった。

自分にとっては、かなり観賞型の作品だった。

そういえば、これ恋愛小説だった

この作品は、先輩が乙女を追いかける恋愛物語でもある。

ただ、読んでいる間は、

「そういえば恋愛だったな」

くらいの感覚だった。

自分には恋愛そのものが中心というより、

この奇妙な世界と読者をつなぎ止める鎖

のように見えた。

先輩が乙女を好き。

ここだけはとても分かりやすい。

どれだけ世界がおかしな方向へ進んでも、

「先輩は乙女に近づきたい」

という一本の線だけは残る。

その線があるから、完全に意味不明な空想へ飛んでいかず、こちら側の現実とまだ繋がっている。

そんな役割にも感じた。

乙女は魅力的だけど、ちょっと怖い

乙女はかなり魅力的な人物だった。

明るい。

行動力がある。

いろいろなものへ興味を持つ。

そして、とにかく楽しそうに生きている。

ただ、

何を考えているのか分からなすぎて、ちょっと怖い。

普通の人が止まるような場面でも、平然と先へ進んでしまう。

しかも本人は、自分が変わったことをしているという意識すら薄そうに見える。

そして酒が強い。

ものすごく強い。

読んでいて、

「この人、どこまで飲めるんだ……?」

と思った。

魅力的ではある。

でも理解はできない。

そこが乙女らしさだった。

乙女は、誰か一人を必要とする人に見えなかった

だからこそ、先輩との関係が少し進みそうになるところは意外だった。

乙女は、

「毎日楽しく過ごせればいい!」

で人生がほとんど完成しているように見えた。

誰か特定の人を必要としている感じがあまりない。

面白いものを見つける。

面白い人に出会う。

楽しい場所へ行く。

それだけで満足していそうなのだ。

だから、

「先輩という特定の人間を相手にして、本当に成立するんだろうか?」

という疑問が残った。

その意味では、先輩は大変そうである。

なむなむ。

先輩は、とにかく頑張る

一方の先輩は、かなり分かりやすい。

乙女に近づきたい。

でも素直には行けない。

偶然を装ったり、いろいろ考えたり、回りくどいことをする。

正直、

「普通に話しかければいいのでは?」

と思わなくもない。

でも、自分は先輩を見ていて、

「この人のやり方はこうなんだな」

と思った。

応援するというより、観察に近い。

その人には、その人なりの恋愛の仕方がある。

先輩にとっては、あの回りくどさも含めて本気なのだろう。

そして、なんだかんだものすごく頑張る。

情けないように見えて、行動量はかなり多い。

そこは素直にすごいと思った。

先輩は作者に少し似ている気がする

これは完全に自分の印象だが、先輩には少し作者自身の何かが投影されているような気もした。

理屈っぽい。

妄想する。

回りくどい。

でも妙なところで真剣。

そして、とにかく一生懸命。

もちろん実際に作者がどういう人なのかは知らない。

ただ作品全体から感じる強烈な個性と、先輩の妙な思考回路には、

同じところから生まれている感じ

が少しあった。

文章そのものが印象に残る

この作品で特に好きだったのは、文章だった。

癖が強い、と言っていいのかは分からない。

でも、

妙に印象へ残る。

「なむなむ」

のような言葉もそうだ。

意味そのものより、

音として頭に残る。

文章に独特のリズムがある。

そして、そのリズムのおかげで読み進めやすい。

世界観は意味不明。

先の展開も読めない。

でも文章のテンポはいい。

だから、奇妙な世界の中をスイスイ進める。

内容を論理的に理解するより、

文章の流れに乗って読んでいく作品

だったように思う。

恋は本当に進むのか

最後には先輩と乙女の関係が、少しだけ変化しそうになる。

それ自体かなり意外だった。

でも、

本当にここから普通に進むのか?

という疑問は残る。

先輩が意を決して、

「今度こそちゃんと話をしよう」

と思った瞬間に、また訳の分からない事件へ巻き込まれるかもしれない。

乙女が、

「面白そうです!」

と言って、そのままどこかへ行ってしまうかもしれない。

この作品なら普通にありそうだ。

だから自分には、

恋愛が成就した

というより、

ようやく何かが始まる可能性が見えた

くらいに感じられた。

この先も先輩が乙女についていけるのか。

そこはかなり怪しい。

ついていけなかったら、

なむなむ。

少しメルヘンを感じる

この作品の不思議さには、少しメルヘンのようなものも感じた。

現実そのものではない。

でも完全なファンタジーでもない。

日常の街が、ほんの少しだけ違う方向へ曲がっている。

そこへ妙な人間たちが現れ、楽しそうに生きている。

夢のようでもある。

妄想のようでもある。

童話のようでもある。

でも、どれか一つではない。

その曖昧さが『夜は短し歩けよ乙女』の世界なのだと思う。

まとめ

『夜は短し歩けよ乙女』は、自分にとってかなり変な作品だった。

世界のルールが読めない。

登場人物の行動も予測できない。

乙女が何を考えているのかもよく分からない。

先輩も回りくどい。

普通なら疲れそうな要素ばかりだ。

でも面白かった。

理由は単純で、

この世界で生きている人たちが、楽しそうだったから

だと思う。

誰かになりたいわけではない。

この世界に入りたいわけでもない。

ただ外から眺めていると、とても楽しい。

そして文章のテンポがよく、妙な言葉が耳に残る。

だから意味不明なのに、どんどん読めてしまう。

恋愛小説として読むより、

少しメルヘンで、少し妄想的で、かなり不可思議な世界を楽しむ作品

として自分は好きだった。

勧めるなら、

楽しい世界が好きな人。
不思議な空間が好きな人。
そして、強烈な個性を持った作品を味わいたい人。

普通の物語とは少し違うものを読みたいなら、合うと思う。

ただし、この世界へ実際に放り込まれたら、自分ならたぶんこう言う。

「なにこれ……?」

そしてその横を乙女が楽しそうに通り過ぎていく。

なむなむ。


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