※この記事は東野圭吾『手紙』の内容に触れています。
『手紙』を振り返って、最初に思い浮かぶのは兄から弟への愛だった。
かなり強い愛だと思う。
一途で、責任感が強く、弟のためなら自分の命に代えてでも守ろうとする。
言い方は悪いけれど、自分には兄が**「一途でバカ」**に見えた。
弟のため。
その一点に向かって、あまりにも真っすぐだった。
そして、その愛情が強すぎたからこそ、すべてが悪い方向へ転がってしまったようにも思う。
愛情は100点満点なのに、弟を苦しめてしまう
兄の弟への愛情自体は、本物だったと思う。
自分のことより弟を優先していた。
ある意味では、兄は弟のために自分自身を殺していたようにも見える。
だからこそ悲しい。
弟を幸せにしたかったはずなのに、その兄の存在によって弟は苦しむことになる。
愛情が足りなかったわけではない。
むしろ過剰なくらいあった。
それでも相手を幸せにできない。
愛情が強いことと、その愛情が相手を幸せにすることは別なのだと思った。
兄の愛は一方的で、空回りしているようにも見えた。
愛されているからこそ、切り離せない
弟の気持ちも、時系列によってかなり変わっていたように思う。
最初は兄に感謝していた。
実際、兄のおかげで生きてこられた期間がある。
そのことは弟自身も分かっている。
しかし自分の人生がうまくいかなくなるにつれて、兄の存在が少しずつ疎ましくなっていく。
では、嫌になったから兄を切り捨てればいいのか。
それも簡単ではない。
自分を支えてくれた人。
自分を愛してくれた人。
自分のために人生を削ってきた人。
そんな相手を無下にはできない。
だからこそ、その愛情がさらなる負担になる。
最後の弟の気持ちは、単純に「赦した」「憎んだ」というものではなかったように思う。
愛している。
疎ましい。
感謝している。
苦しい。
申し訳ない。
もう関わってほしくない。
それでも兄である。
いろいろな感情が入り混じって、もう何も一言では言えない。
そんな状態だったのではないか。
一番理不尽なのは、弟なのかもしれない
犯罪を犯したのは兄だ。
しかし、その影響は弟の人生にまでついて回る。
弟からすれば、とばっちりだ。
自分は何もしていない。
それでも社会は、
「犯罪者の弟」
という情報を完全には切り離してくれない。
自分は、社会が警戒する理由そのものは理解できる。
同じ家庭環境で育っている。
価値観にも似た部分があるかもしれない。
企業であれば、何らかのリスクを考えるのも合理的な判断だと思う。
ただ、それでも結局は別人だ。
兄は兄。
弟は弟。
そもそも犯罪を犯した本人ですら、更生したのであれば以前とは違う人間として扱う必要があると思う。
一度罪を犯したら一生同じ人間だと決めつけるのであれば、刑務所で更生を目指す意味まで薄れてしまう。
まして弟は、犯罪そのものを犯していない。
犯罪は、被害者だけではなく周囲まで巻き込む
だからこそ、殺人という罪は重いのだとも思った。
命を奪われた本人だけの問題ではない。
被害者の家族。
加害者の家族。
仕事。
友人。
周囲の人たち。
一つの行動が、想像以上に多くの人間の人生へ波及する。
そして、この物語では兄が一番守りたかったはずの弟まで、その影響を受け続ける。
兄は弟を愛していた。
しかし、その行動によって最も守りたかった人まで苦しませてしまった。
そこまで考えられなかったことも、結局は本人の責任だと思う。
同情はできる。でも罪が軽くなるわけではない
兄が置かれていた状況を考えれば、同情はできる。
弟への愛情も分かる。
追い詰められていたことも理解できる。
しかし、それで罪が軽く見えるかと言われれば、自分は全くそう思わない。
それとこれとは別だ。
もし逆の立場で、自分の大切な家族が殺されたのであれば、怒ると思う。
加害者から、
「家族のためだった」
と言われても納得はできない。
だから、
事情に同情することと、行為を許すことは別。
そこは分けて考えたい。
兄を完全な悪人だとも思わない。
でも、だからといってやったことが正当化されるわけでもない。
赦される必要もないと思う
兄は弟から赦される必要があったのだろうか。
自分は、必ずしも必要ではないと思う。
第三者から見れば、
「赦してほしい」
という願い自体が兄のエゴにもなり得る。
赦してもらえば、兄自身は少し楽になれるかもしれない。
でも弟には、兄を赦す義務なんてない。
ただ、弟にとってはそれほど簡単な話ではない。
兄に人生を苦しめられた。
それでも兄の愛情が本物だったことも知っている。
たとえ突き放したとしても、その向こう側にまだ愛情を感じてしまう。
だから簡単には切れない。
愛されているからこそ、離れることまで苦しくなる。
それもこの物語の残酷さだと思った。
それでも、自分は感情移入できなかった
『手紙』の話には同情できる。
でも、自分は兄にあまり感情移入できなかった。
理由は単純で、
「もっと考えられなかったのか?」
と思ってしまうからだ。
他に方法はなかったのか。
この行動をしたら、弟はどうなるのか。
被害者はどうなるのか。
その家族はどうなるのか。
自分の家族はどうなるのか。
もっと相談できる人はいなかったのか。
もっと別の方法を探せなかったのか。
兄だけではなく、弟側にも別の選択肢があったのかもしれない。
もちろん物語の中だからこそ、後からならいくらでも言える。
それでも、
あまりにも短絡的だったのではないか
という気持ちが残った。
愛情は100点満点だった。
だからこそ、その強い愛情に思考が伴っていなかったことが、とても惜しく感じる。
愛情だけでは足りない
この作品を読んで、自分が一番持ち帰ったものは「思考の大切さ」だった。
大切な人を思う。
助けたいと思う。
守りたいと思う。
その感情は尊い。
でも、感情だけで動けばいいわけではない。
相手を本当に大切に思うなら、自分の行動がその人や周囲に何をもたらすのかまで考えなければならない。
愛情が深ければ何をしてもいいわけではない。
善意なら結果が悪くても仕方ないわけでもない。
愛情が強いからこそ、一度立ち止まって考える必要がある。
そういう意味で、自分にとって『手紙』は少し反面教師のような作品だった。
「こうならないようにしよう」
と考えるための戒め。
兄の愛情には同情できる。
その一途さにも、どこか美しいものを感じる。
それでも、
もっと考えていれば、別の未来があったのではないか。
そんなことを考えずにはいられない作品だった。


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