桜坂洋『All You Need Is Kill』感想|未来へ進むために、大切な人を失うというルール

本・アニメ

桜坂洋『All You Need Is Kill』を読んだ。

この作品でまず印象に残るのは、やはりループだと思う。

戦う。

死ぬ。

また戻る。

失敗したら、次は違う方法を試す。

それを繰り返すことで主人公はどんどん強くなっていく。

戦闘描写も多く、ループを利用しながら攻略法を見つけていくところには、ゲームのような面白さもある。

でも自分が読み終わったあとに一番強く残ったのは、

主人公が強くなったことではなかった。

最後に、

リタを失ったこと

だった。

人類として見れば勝利だったのかもしれない。

でも主人公個人から見れば、自分にはどうしても勝利とは思えなかった。

失敗しても、またやり直せる世界

ループには一見すると、とても大きな利点がある。

失敗してもやり直せる。

一度負けた相手なら、次はその動きを知っている。

間違えた選択も修正できる。

何度も繰り返せば、経験だけは自分の中に蓄積していく。

主人公が異常なほど強くなっていくのも、その結果だ。

普通なら何年もかかるような経験を、本人だけが同じ時間の中で何度も積み上げる。

だから周囲から見れば、

突然、とんでもなく強い人間が現れた

ようにしか見えない。

ここが少し怖かった。

本人だけが変わっていく

ループしている間、世界そのものは元に戻る。

周囲の人間も元に戻る。

でも主人公だけは経験を持ち越していく。

つまり、

本人だけが変わり続ける。

周囲には、その過程が一切見えない。

主人公が何度死んだのか。

何度失敗したのか。

どうやってその戦い方を覚えたのか。

誰も知らない。

最終的な一日だけを見れば、

「なんでこいつはこんなに強いんだ?」

となる。

でも主人公にとっては、その一動作の裏にも大量の経験がある。

これはかなり孤独なことだと思う。

ループは、現実感覚まで変えてしまいそう

もう一つ思ったのは、

これだけやり直しを繰り返したあと、普通の人生に戻れるのだろうか

ということだった。

普通の人生は一回しかない。

失敗しても戻れない。

言ってしまった言葉は消せない。

選ばなかった人生へ戻ることもできない。

でもループ中は違う。

失敗したら、また試せる。

死んでも次がある。

そんな生活を何度も繰り返したら、

「失敗しても次がある」

という感覚が身体に染みついてもおかしくない。

もちろん主人公は、反復によってほとんど失敗しないほど強くなっていく。

それでも、一回きりの時間を生きる感覚とはかなり違うと思う。

戻りたかった時間に、戻れなくなる

ループしている間、主人公は当然そこから抜けたいと思う。

同じ日を何度も繰り返す。

何度も戦う。

何度も死ぬ。

そんなものからは早く脱出したい。

でも皮肉なのは、

本当にループが終わったあと、今度はそこへ戻りたくなるかもしれない

ということだ。

なぜなら、そこにはまだリタがいるから。

ループ中は、

「ここから出たい」

と思っていた。

でもループを抜けた未来には、リタがいない。

すると今度は、

戻りたいのに戻れない。

ループという仕組みは、主人公が戻りたくない時には何度も戻す。

なのに本当に戻りたい時には、もう戻してくれない。

これはかなり残酷だと思った。

人類は勝った。でも主人公は負けた

結末を人類全体から見れば、勝利と言えるのだと思う。

ループの仕組みを断ち切る。

敵に対抗する。

未来へ進む。

人類にとっては、それでいい。

でも主人公個人から見れば、

負けだった

と自分は思う。

一番大切な人を失ったからだ。

しかも偶然死んだわけではない。

仕組みを理解した結果、

そうするしかない

と分かってしまう。

他の道があってほしい。

自分もそう思った。

でも、物語の中ではそれしかない。

だからこそつらい。

最適解が、幸福とは限らない

ループ物というと、

何度も失敗する。

少しずつ正解に近づく。

最後には完璧な未来へ辿り着く。

そんな構造を想像しやすい。

でも『All You Need Is Kill』では、

最適解そのものが幸福ではない。

世界を救う。

未来へ進む。

そのための答えを見つける。

でも、その答えを実行すればリタを失う。

つまり、

正しい答えを見つけても、それを選びたいとは限らない。

ここがかなり残酷だった。

「仕方のない犠牲」では片づけられない

人類を救うためなら仕方なかった。

そう言うことはできる。

実際、そうするしかなかったのだとも思う。

でも、

必要だったことと、受け入れられることは別だ。

人類全体から見れば、一人の犠牲かもしれない。

しかし主人公にとって、その一人は他の誰とも交換できない。

だから、

「人類のために必要な犠牲でした」

と言われても、簡単に割り切れるものではないと思う。

数字として見れば一人。

主人公から見れば、

世界そのものに近い一人。

この差は大きい。

一番つらいのは、共有できる人がいなくなること

リタを失うこと自体も当然つらい。

でも自分が特につらいと思ったのは、

主人公が経験したことを、本当の意味で共有できる人がいなくなること

だった。

経験談を人に話すことはできる。

「自分はこんなことを経験した」

と説明することもできる。

聞いた人は、

「それはつらかったね」

と想像することもできる。

でも、

想像することと、実際に経験することはまったく違う。

ループを何度も経験した感覚。

何度も死んだこと。

戦い方を覚えていくこと。

そして、リタと共有した時間。

それを本当に理解できるのは、同じように経験した人間だけだったのだと思う。

その相手がいなくなる。

これはかなり孤独だ。

強さは、勝利の証ではなく犠牲の証になる

主人公には、ループによって得た圧倒的な強さが残る。

外から見れば素晴らしい能力だ。

戦場では大きな武器になる。

でも本人にとって、その強さは救いなのだろうか。

自分には、むしろ虚しく見えた。

なぜなら、その強さ自体が、

失ったものを思い出すトリガー

になりそうだからだ。

この動きを覚えた時。

この判断を身につけた時。

この戦い方を知った時。

そこには全部、ループの記憶がある。

そしてその中にはリタがいる。

だから強くなったことそのものが、

彼女を失うまでに積み重ねた時間の痕跡

になってしまう。

人類から見れば英雄的な強さでも、

本人にとっては犠牲の象徴なのかもしれない。

コーヒーが妙に寂しかった

この作品で、自分はコーヒーの印象が妙に残っている。

戦争やループと比べれば、とても小さなものだ。

でもだからこそ印象に残ったのだと思う。

コーヒーは、

すべてがこうなる前の日常

のように感じた。

戦うためでもない。

世界を救うためでもない。

ただ飲む。

そんな普通の時間。

そして同時に、

主人公とリタが共有していたもの

でもある。

世界を救ったあと、その普通の時間には戻れない。

リタもいない。

だから巨大な戦争の勝敗より、

「もう一緒にコーヒーを飲めない」

という事実のほうが、妙に寂しかった。

人間にとって失うものって、案外こういうものなのかもしれない。

世界より、一緒に過ごした日常

人類が救われた。

そんな巨大な言葉よりも、

誰かと話した。

一緒に何かを食べた。

コーヒーを飲んだ。

そんな小さな時間のほうが、本人にとって大切なことがある。

『All You Need Is Kill』の結末では、その差を感じた。

歴史には、

「人類が勝った」

と残るかもしれない。

でも主人公の中に残る歴史は違う。

そこにはリタがいる。

そしてその記憶を、本当の意味で共有できる相手はもういない。

タイトルの意味が途中で変わる

『All You Need Is Kill』

このタイトルも、物語の最初と最後では意味が変わるように感じた。

最初は、

敵を殺せ。

という言葉に見える。

生き残るために必要なのは、敵を倒すこと。

何度もループして、

何度も戦って、

敵を殺す。

非常に戦闘的なタイトルだ。

でも最後には、Killの対象が変わる。

敵ではない。

リタだ。

未来へ進むためには、一緒に戦ってきた大切な人を殺さなければならない。

そうなると同じタイトルが、急にまったく違う意味を持ってくる。

これは「命令」より、世界のルールに見える

自分には、このタイトルが誰かからの命令というより、

世界のルール

のように感じた。

未来へ進むためにはKillが必要。

そういう条件が、最初から世界に設定されている。

最初に払うものは敵の命。

最後に払うものはリタの命。

まるで、

「未来へ進みたいなら、この代価を払ってください」

と言われているようだった。

主人公が望んだわけではない。

でもそのルールから逃れられない。

だからタイトルも、読後にはかなり冷たいものに見える。

最初は敵、最後は彼女

自分が面白いと思ったのは、

Killの対象が物語の中で変化すること

だった。

最初は敵。

だから何の疑問もない。

戦争なのだから倒す。

それが主人公の生存にもつながる。

しかし最後は、一番失いたくない相手。

すると、

All You Need Is Kill

という言葉そのものが、

勝つための言葉から、犠牲を要求する言葉へ変わる。

そこがタイトルとしてかなり印象に残った。

ループから抜けることは、本当に救いだったのか

物語の目的だけを見れば、ループから抜けることが正解だ。

でも主人公のその後を考えると、

本当にそれが救いだったのかは分からない。

ループ中はつらかった。

何度も死んだ。

何度も戦った。

それでも、そこにはリタがいた。

抜けた未来では、

もうリタはいない。

だから主人公は、

ループの中でしか生きたくない

と思ってしまうことすらあるのではないか。

そんな気がした。

もちろん時間は前へ進む。

主人公も生きていかなければならない。

でも心の一部は、ずっとあの繰り返していた時間に残るのかもしれない。

戦闘SFが好きな人に向いていると思う

この作品はかなり戦闘描写が多い。

ループによって主人公が強くなっていく過程。

敵との戦い。

攻略法を覚える感覚。

そういうところは、戦闘SFやゲーム的な物語が好きな人ほど楽しめると思う。

自分も、

「次はどうするんだろう」

と読み進められた。

ただ、自分に最終的に残ったものは戦闘ではなかった。

リタを失ったこと。

そして、

その喪失を共有できる相手がもういないこと。

だった。

まとめ

『All You Need Is Kill』は、ループと戦闘を中心にしたSFだ。

主人公は何度も同じ時間を繰り返す。

失敗を修正する。

戦い方を覚える。

そして異常なほど強くなる。

でも最後に得た最適解は、

一番大切な人を失わなければ成立しない未来

だった。

人類は勝った。

でも主人公は負けた。

自分にはそう見えた。

しかも、その勝利に至るまでの経験を本当に共有できた相手まで失ってしまう。

主人公に残された強さは、勝利の証というより、

その犠牲を思い出すための痕跡

のように感じる。

そして、

『All You Need Is Kill』

というタイトルも変わる。

最初は敵を殺すための言葉。

最後はリタを殺すための言葉。

未来へ進むために支払わなければならない、

世界の冷たいルール

のように見えてくる。

世界を救うことと、

一人の人間が救われることは、

必ずしも同じではない。

この作品で一番寂しかったのは、世界を救ったことではなく、

もう二度と、リタとコーヒーを飲めないことだった。


All You Need Is Kill (集英社スーパーダッシュ文庫) Kindle版

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