東野圭吾『白夜行』を読んだ。
かなり長い作品だった。
登場人物も多く、正直なところ「この人は誰だったっけ」となることもあり、読むのは少し大変だった。
ただ、物語の中で時代や生活環境が大きく変化していくため、人物そのものよりも、
「あの時期に起きた出来事」
「あの頃の二人」
というシーン単位では比較的覚えやすかった。
そして読み終わって一番強く残ったのは、亮司と雪穂のいびつな愛の形だった。
最後まで、二人がそこまで深く繋がっていることに気づけなかった
自分は物語の途中では、亮司と雪穂がそこまで密接に繋がっていることをあまり意識できていなかった。
二人の間に、分かりやすい愛情表現がほとんどないからだと思う。
「好き」
「愛している」
「一緒にいたい」
そんな関係には見えない。
むしろ、それぞれが必要なことを淡々と、黙々とこなしているように見えた。
だからこそ最後まで読んで二人の関係を振り返った時、その愛の深さが急に重く感じられた。
同じ行動なのに、
相手の幸せを最大限尊重した深い愛
にも見えるし、
感情を切り離した冷徹な行為
にも見える。
感情表現が少ないからこそ、どちらなのか簡単には決められない。
そこが不気味であり、この作品の面白いところでもあった。
恋愛というより、運命共同体
二人の関係は、普通の恋愛とは少し違うように思えた。
恋人。
夫婦。
共犯者。
どれも少し違う。
自分には、運命共同体という言葉が一番近く感じられた。
二人とも、子どもの頃から一般的な「普通」とはかなり違う世界を経験している。
社会には、
「これが普通です」
「これが常識です」
という共通認識がある。
そこから外れれば、どうしても異質な存在として見られる。
しかし二人にとっては、その社会でいう「異常」が、幼い頃に大人たちから見せられた日常でもあった。
もしかすると成長する途中で、
自分が知っている世界と、社会が言う普通は違う
という狭間で、それぞれ葛藤した時期もあったのではないかと思う。
だからこそ、互いにだけは説明せずとも分かる。
普通から外れているからこそ同調できる。
そんな阿吽の呼吸が成立したのかもしれない。
二人は幸せだったというより、
二人で生きていた。
そんな印象だった。
雪穂は「成功したかった」のではなく、過去から逃げ続けたのかもしれない
雪穂は社会の中で、自分の居場所を作り続けていく。
それだけを見れば、強い上昇志向を持ち、成功を求め続けた人にも見える。
でも自分には少し違って見えた。
本当に欲しかったのは、もしかすると普通の人生だったのではないか。
しかし過去は変えられない。
そしてどこかで、
「自分はもう普通には生きられない」
と気づいていた。
だから必死に未来を変えようとしていたように思う。
過去に戻ることはできない。
ならば前へ進むしかない。
社会で認められる人間になり、成功し、次々に新しい未来を作る。
それは前向きな努力であると同時に、過去を振り払うための行動でもあったように見えた。
止まれば思い出してしまう。
だから動き続ける。
思い出す時間を作らないために走り続け、その結果として社会的な成功がついてきた。
そんな必死さを感じた。
亮司にとって雪穂は、生きる希望だった
一方の亮司は、雪穂とは少し違って見えた。
亮司にとって雪穂は、自分が生きる道そのものだったのではないかと思う。
雪穂が作ろうとする人生を支える。
雪穂が進もうとする道を作る。
そして、その道にある障害を取り除く。
まるで、姫を守り続けるナイトのようだった。
普通ならば、そこまで尽くせば何らかの見返りを求めてもおかしくない。
一緒にいたい。
愛してほしい。
感謝してほしい。
しかし亮司には、そういったものすら強く求めているようには見えなかった。
雪穂の人生が成立することそのものが、亮司自身の希望だった。
そう考えると、その愛の深さはものすごい領域だと思う。
ただし同時に、それは非常に危険な愛でもある。
自分自身の人生を、ほぼ一人の人間に預けているからだ。
しかし亮司は、もしかすると一人では生きられなかったのかもしれない。
雪穂のために自分の人生を捨てたというより、
雪穂を支えることの中に、自分の人生を置いた。
そんな生き方だったように感じた。
雪穂にとって亮司は、共有相手だった
雪穂にとっての亮司は、少し複雑だ。
過去の共有相手。
自分を守ってくれた正義のヒーロー。
未来を作るために必要な存在。
見方によっては、都合のいいコマにも見える。
おそらく、そのすべてだったのだと思う。
ただ、自分は雪穂の中にも、
「ありがとう」
という気持ちはあったのではないかと思っている。
それを普通の恋愛のように表現しないだけで、亮司が自分のために何をしてきたのか、その重さは分かっていたのではないか。
だから二人の関係は、単純な利用関係とも思えない。
いびつではある。
危険でもある。
しかし確かに、そこには愛と呼べる何かがあったように感じた。
最後の冷酷さも、愛にも見えてしまう
物語の最後で雪穂が見せる態度は、非常に冷酷にも見える。
しかし同時に、それ以外を選ぶことができたのだろうかとも思う。
亮司が守り続けたもの。
雪穂が作り続けた人生。
それを最後の最後で自ら壊してしまえば、亮司の行動まで無意味になってしまう。
だから冷酷でありながら、それは亮司が望んだ雪穂の未来を最後まで守る行動にも見える。
何を選んでも、結局あの結果だったのではないか。
亮司の幸せという意味でも。
雪穂が生きていく道という意味でも。
同じ行為が、冷酷さにも愛にも見える。
やはりこの作品では、感情がほとんど説明されないことが大きい。
二人には、この道しかなかったのかもしれない
読み終わって二人に対して感じたのは、
「かわいそう」
「怖い」
というより、
この二人には、この道しかなかったのかもしれない。
という感覚だった。
もちろん、幼い頃に本当に二人を守ってくれる大人がいれば、違う人生はあったと思う。
環境が変われば、その後の選択も変わっただろう。
しかし、それでも過去そのものは変えられない。
未来は変えられる。
でも、
過去に起きたことを、起きなかったことにはできない。
そこだけは変わらない。
雪穂も亮司も、ずっとそれを知りながら生きていたのではないかと思う。
「白夜」は、沈んでくれない過去の光
タイトルの『白夜』についても考えた。
自分には、過去の出来事へ当たり続けるスポットライトのように感じられた。
本当なら沈んでほしい。
暗くなってほしい。
時間とともに遠ざかって、ただの過去になってほしい。
しかし光は決して沈まない。
忘れたい出来事を、いつまでも照らし続ける。
だから過去に焦点を当てれば、その光は呪縛になる。
しかし現在へ焦点を移せば、その同じ光が雪穂の成功を照らしている。
太陽そのものは同じなのに、どこに焦点を当てるかによって意味が180度変わる。
過去なら呪い。
現在なら成功。
そしてその呪いがあったからこそ、亮司と雪穂は繋がった。
呪いでありながら、二人を生かした光でもある。
だから白夜の光は、完全な暗闇よりもずっと複雑なものに感じた。
答えがないからこそ、考え続けてしまう
『白夜行』を読み終えた時、自分の中には明確な答えが残らなかった。
むしろ、
謎のまま終わった。
という感覚が強かった。
亮司はどこまで雪穂を愛していたのか。
雪穂は亮司をどう思っていたのか。
二人は幸せだったのか。
利用だったのか。
愛だったのか。
依存だったのか。
どれも答えられるようで、決定的な答えはない。
余白が非常に大きい。
だから読む人によって、二人の関係はまったく違って見えるのだと思う。
自分には、いびつな形をした、とても大きな愛に見えた。
普通の恋人のように一緒に歩くのではなく、お互いが別の場所にいながら、一つの人生を二人で成立させている。
それが正しいのか、幸せなのかは分からない。
ただ、二人にはそれしかなかったのかもしれない。
そして答えがないからこそ、読み終わった後も二人の関係について考え続けてしまう。
そんな作品だった。



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